月刊人事労務

従業員を守るカスタマーハラスメント対策


~はじめに~

本年2月、厚生労働省は「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表しました。内容は顧客と接することが多い企業へのヒアリング等を踏まえて作成したもので、従業員を単独で対応させず複数名や組織的に対応すること、相談体制の整備とともに企業の人事労務部門や弁護士事務所等外部機関との連携を求める等具体的な取組み内容を盛り込んだものとなっています。また、本年4月から、いわゆるパワハラ防止法が中小企業にも施行され、セクハラ、パワハラ等企業は職場における様々なハラスメントを防止する措置を講ずることが義務付けられました。

カスタマーハラスメントについては防止措置を講ずることは法律上の義務ではないものの、従業員を守り、職場環境を良好に保つために対策の重要性が高まっていることから、これを受けて厚生労働省がマニュアルを公表しました。本稿ではその内容の一部を紹介します。

1.カスタマーハラスメントとは

(1)定義

「顧客等からのクレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」です。以下のようなものが想定されます。

(2)類型

顧客等の要求の内容が妥当性を欠く場合

  • 企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合
  • 要求の内容が、企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合

要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な言動(一部抜粋)

  • 威圧的な言動
  • 土下座の要求
  • 継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
  • 拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
  • 金銭補償の要求

 対策マニュアルでは、企業へのヒアリングにより、正当な理由なく過度に要求する事案や対応者の揚げ足を取って困らせる事案が多く見られたとしています。それを踏まえ、時間拘束型、リピート型、暴言型、暴力型、威嚇・脅迫型、権威型(優位な立場にいることを利用した特別扱いの要求)店舗外拘束型、セクハラ型という類型に分けて対応例も紹介しています。直接的な暴行・傷害等の事案でなくても、これら行き過ぎた行為は、刑法の脅迫罪や強要罪等の犯罪になり得ます。

(3)発生状況

2020年の実態調査結果によると、過去3年間にカスタマーハラスメントの相談があったと回答した企業は19.5%であり、パワハラ(48.2%)、セクハラ(29.8%)に次いで多くなっています。職場における各種ハラスメント対策は重要課題といえます。

2.企業が具体的に取り組むべき対策

対策マニュアルでは、事前準備と事案発生時の対応とに分けて、以下の内容が記載されています。

(1)カスタマーハラスメントを想定した事前の準備

➀事業主の基本方針・基本姿勢の明確化、従業員への周知・啓発

組織のトップが、カスタマーハラスメントから組織として従業員を守るという基本方針・基本姿勢、従業員の対応の在り方を周知・啓発し、教育する。

弊社は、お客様に対して真摯に対応し、信頼や期待に応えることで、より高い満足を提供することを心掛けます。 一方で、お客様からの常識の範囲を超えた要求や言動の中には、従業員の人格を否定する言動、暴力、セクシャルハラスメント等の従業員の尊厳を傷つけるものもあり、これらの行為は、職場環境の悪化を招く、ゆゆしき問題です。 私達は、従業員の人権を尊重するため、これらの要求や言動に対しては、お客様に対し、誠意をもって対応しつつも、毅然とした態度で対応します。 もし、お客様からこれらの行為を受けた際は、従業員が上長等に報告・相談することを奨励しており、相談があった際には組織的に対応します。
基本方針の例

➁相談対応体制の整備

  1. カスタマーハラスメントを受けた従業員が相談できるよう相談対応者を決めておく、または相談窓口を設置し、従業員に広く周知する。
  2. 相談対応者が相談内容や状況に応じて適切に対応できるようにする。
厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」より抜粋

➂対応方法、手順の策定

カスタマーハラスメント行為への対応体制、対応方法をあらかじめ決めておく。

➃社内対応ルールの従業員への教育・研修

顧客等からの迷惑行為、悪質なクレームへの社内における具体的な対応について、従業員を教育する。

(2)カスタマーハラスメントが実際に起こった際の対応

➄事実関係の正確な確認と事案への対応

  1. カスタマーハラスメントに該当するか否かを判断するため、顧客、従業員等からの情報を基に、その行為が事実であるかを確かな証拠・証言に基づき確認する。
  2. 確認した事実に基づき、商品に瑕疵がある、またはサービスに過失がある場合は謝罪し、商品の交換・返金に応じる。瑕疵や過失がない場合は要求に応じない。

➅従業員への配慮の措置

被害を受けた従業員に対する配慮の措置を適切に行う(繰り返される不相当な行為には一人で対応させず、複数名で、或いは組織的に対応する。メンタルヘルス不調への対応等)。

➆再発防止のための取組み

同様の問題が発生することを防ぐ(再発防止の措置)ため、定期的な取組みの見直しや改善を行い、継続的に取組みを行う。

➇上記までの措置と併せて講ずべき措置

  1. 相談者のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、従業員に周知する。
  2. 相談したこと等を理由として不利益な取り扱いを行ってはならない旨を定め、従業員に周知する。

3.企業が今後注意すべきポイント

対応した従業員は、大なり小なり心身にダメージを受けます。事業主は適切な労働環境を整備して、従業員の心身の安全に配慮しなければなりませんので、従業員がカウンセリングを受ける機会を設ける等、従業員のストレス対策を講じておく必要があります。これを怠ると、顧客対応での過重負担により心身の健康を損ねた従業員に対して損害賠償責任を負うことになりかねません。

対策マニュアルでも、小学校教諭の事案ですが、保護者からの理不尽な言動に対し、校長が教諭の言動を一方的に非難し、また、事実関係を冷静に判断して的確に対応することなく、その勢いに押され、専らその場を穏便に収めるために当該教諭に対して保護者に謝罪するよう求めたことについて、損害賠償が認められた裁判例が紹介されています(甲府地裁平成30年11月13日判決。これはカスタマーハラスメントに対する組織の長の対応がパワハラであって不法行為にあたると判断されたものです。

冒頭に述べた通り、企業のカスタマーハラスメント対策は義務化されていません。しかし、職場のハラスメント事案の相当程度をカスタマーハラスメントが占めていると思われることから、その対策を適切に行うことは重要です。

カスタマーハラスメントは、その判断や対応に難しさがあり、自社の従業員を守るという観点から、適切な対応体制を構築し、適宜見直していくことが重要です。

参考・引用:
「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(厚生労働省)
「カスタマーハラスメント対策企業マニュアルを読む」(月刊人事労務実務のQ&A/一般社団法人日本労務研究会)

(当社ニュースレター「月刊人事労務」2022年12月号 Volume 211より)

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

TOP